新たなる光りの星 蒼銀



ご訪問ありがとうございます

はやさかみよこです。

私たちの暮らしは、情報や便利な物に溢れ
生活面では豊かなものであるように思われますが
人の身体や心はどうでしょう?

いつも何かしらの不安や不調を感じ
ストレスを抱えている

小さなお子様から老若男女問わず
増加しているように感じます。

思考優先するところで、同じ問題をグルグル繰り返し抱えている方

非常に多いですよね?

なんの為に生まれて来たのだろうと
生きる目的を見失っているような発言もよく耳に致します。

人は間違いなく「幸せ」になる為に生まれて来ています。

その本質の意味は思考では実感出来るものではありません。

そればかりか、どんどん空虚に苛まれる結果となるでしょう。

人は本来、感じ知る、気づくということから始まったものです。

他者の傷み苦しみも悲しさ楽しさ喜びなど
自分の全身で同じように感じ知り共有し、癒す事が出来ました。

多くの人が体感を忘れ去り、思考を優先する現代では 人の傷み苦しみ悲しみなど知ろうともせず
自己を優先する世の中
見かけだけの平和、個々の心は殺伐とした時代になっています

人、本来の感じ知るという「体感」を取り戻すことで

すべてとの繋がりや自分自身の役割

生まれて来た意味

イメージ、先入観での思い込みの真偽

体感を通しての気づき、学び、心を育てる

気づき学ばれたことを解決する助力をさせて頂ければ幸いです。

そして、ご自分以外の誰かの為にという思いが
お一人、お一人の心を占める割合が少しでも大きくなって頂ければと思います。


粒子の澱みが不調を生み出す


私たちが住まう、この地球と呼ばれる星も
宇宙すべての中の1つの小さな星

その星に住まう すべての中の小さな
一つが私たち個人です。

そのすべては目には見えませんが
粒子や量子レベルでは時間も場所も関係なく
ひとつで繋がっています。

それは知識としては理解出来るのでしょうが
実際には実感することはなく
他人事のように暮らされているのではないでしょうか?

体感とは粒子が放つ波動を身体で感じることで
波動の良し悪しを知ることが出来ます。

波動の多くは、壁やガラスや身体など最も簡単に通り抜け
人の身体の深部へと到達し、徐々に身体を傷めつける不調の原因となるのです。

コチラでは「澱み」と表現します。


偏頭痛、肩凝り、腰痛などに悩まされながらも
どこかで仕方ないと諦めている方や
感情が不安定で眠れず、病院へ行くと「鬱」と診断されたなどの多くは、場所に滞った澱んだ波動や人の感情などの波動に影響されています。

これらは思考では辿り着くことは到底出来ませんが、体感を通すことで凡ゆるものの波動を感じ、真実を知ることになります。

イメージ、先入観などに頼ってしまうと正しい判断がなされず間違い逸れて真実を遠ざけることになってしまい不幸です。

体感を磨くことで、場所の状態や人や物質の
放つ波動を知ることができ、真実を知って解決することが可能になるなど日常生活を豊かにすることの出来る最高の機能を取り戻して頂きたいと願います。

ラウズ すべての魂のルーツの力


目に見えなくとも存在する、すべての魂のルーツから私が授かった力

その大きく清らかな力こそ、この新たなる光りの星(地球)が誕生したときの本来のエネルギーです。

身体にダメージを与え、ストレスを生み出し
やがて病を引き起こす澱んだ粒子の波動を清らかなものへと変換し、癒し整える調和の力

人や場を癒し清め整えることが出来る

それが「ラウズ」

イメージ、願望の癒したつもり

清めた(浄化)つもりなどの

マニュアル化された紛いの儀式めいたものとは異なり

依頼者様と共に体感を共有確認することで

確実に解決されたと確信して頂けます。

浄化や癒しは目に見えないものですが

見えないものだからこそ、成されたことが事実なのかを

体感という確かなもので証明されるべきだと思います。


魂をも感じられる


例えば、ご自分の大切な御身内の方が亡くなられ
豪華な葬儀をし、立派な戒名をつけ
法事や墓参りもしっかりしているという方と

お金の余裕はない
満足な葬儀も墓もままならなかったけれど
家族を愛していないわけではないという方

亡くなられてからも、金銭の有る無しで魂までも差別化されて良いのか?と疑問に思いませんか?

差別化しているのは生きている人間です。

そして、どのような葬儀をされたとしても
命、魂の源へと実際に還れているのかは別な問題。

皆さんの大切な御身内の方が、本来還るべきところは命、魂の源です。

葬儀さえすれば還れていると思われていますよね⁇

実際に葬儀をされても、ほとんどの方の魂は
還れてなく浮遊し彷徨われているのが現状です。

体感で特定する魂と繋がり、現状を知ることで
還れているかいないのかも確認出来ます。

還れている魂と還れていない魂では体感すると雲泥の差があり、体感にハッキリと現われます。


この国の常識は、この国だけのものですが
体感は、すべての人に備わる機能で嘘をつきません。

良いのか、悪いのか?

体感がすべてを教えてくれます。





白の体感できるお茶会のご案内


良いものと思われがちなパワーストーン

本当にパワーがあり皆さんにとって良いものなのでしょうか?

イメージに惑わされてはいませんか?

動画再生で体感されてみてください。

体感は貴方の身を守る為に本来備わっている機能です。
決して嘘をつきません。

白の体感ナビで貴方の価値観が変わるかもしれませんよ。

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動画再生で体感

先祖供養


お盆も終わりましたね。

先日、秋田に訪れた折にも
道の駅の様な所やスーパーなどでお参り用の花が飛ぶ様に売れていました。

土地によって風習も若干違うようですが、お盆には帰省され、親族とお墓参りに行かれる方も多いでしょうね。

私も盆には先祖の魂が戻って来ると子どもの頃から聞かされて育ちました。
迎えや送る為の乗り物だと割り箸で茄子や胡瓜に足をつけるのも遊び感覚でしていた記憶があります。


実家は京都なので、お盆が済むと五山の送り火(大文字焼き)で先祖の魂を送り還すという行事があり、他府県からも観光で来られるので人が多いシーズンになります。


観るだけなら風情があり悪くないですが


ちょっと待って‼︎

その前に、そもそも先祖の魂は還るべきところに還れているのでしょうか?

そんなこと考えたことも無い
といった方がほとんどでは?


斯く言う私も魂を体感するということを知らずにいた頃は、亡くなった人の魂は供養をすることで皆還っていると疑いもせずに思い込んでいました。


魂にも感情があり、体感する事で数多の魂が彷徨い続け、哀しみ苦しんでいることを感じ知ったり、祖母の魂が還れずにいた事にも気づきました。


魂を本来還るべきところへ還す還源が出来るようになった頃

父方の叔父が亡くなりました。
まだ50代半ば胃癌でした。

通夜で叔父の魂を感じていると、読経が始まった途端急に魂が もがき苦しみだし助けを求められるという事態になり驚きました。


癌で髑髏のように痩せ細り苦しみ抜いて亡くなった叔父

亡くなってからも未だ苦しまなければならないのか⁈と不憫に思い読経の間ずっと叔父の魂を癒し続け様子を伺っていました。


葬儀などの儀式をしても還れずに彷徨う数多の魂。

読経で苦しんでいた叔父の魂。


なにかが違う…

彷徨い還れていない魂が在ることは知っていた
けれど魂を癒し還すとされる読経で何故魂は苦しむことになるのか?

叔父に葬儀を待たずに還るべきところへ還りたいか?の問いかけると

必死に懇願する思いが伝わって来ました。


弔問の方との最後のお別れ
お焼香が済むのを待ち
叔父の魂を本来還るべきところに還す(還源)をすると


還るべきところに還れた喜びは
歓喜の涙を流し、やがて安堵感や温かく満ち足り溶け込むような心地良さを感謝の気持ちと共に此方に返してくれました。

叔父の通夜での出来事があってから
誰かの通夜や葬儀に呼ばれると
私は自然と亡くなった方の魂を感じるようになりました。

やはりどの魂も読経が始まると叔父の時のように苦しみを訴えて来ます。

そして還れていない魂を還源すると どの魂もみな同じように満ち足りた安らぎを感じさせてくれます。

体感なく、葬儀をしました。

法要しました。

やることやったから還れているでしょう‼︎

これでは只の自己満足に過ぎず亡くなった方にとっては有り難迷惑。

還れていない魂に安らぎはありません。



貴方が逆の立場なら?

誰にも気づいてもらえず
いつ還れるのかも分からず
悲しみと苦しみで絶望しませんか?


貴方の祖先や大切な方の魂は

安らいでいますか?

















還るべきところへ還れていない魂

みなさん

本来還ることのできていない魂についてです

これまで魂が還れていない事実を沢山の方に体感体験して頂きました。

身を持っての体験

魂の苦しみ 悲痛な思い 

天ではなく

魂を命・魂の源へと還し

苦しみから安らぎへと変化していく様を

身を持って体感して頂きました。

何故 体験、体感して頂いたのか

感じるのは波動だけでなく

魂の苦しみ 悲痛な思い哀しみや憤りを感じ 

葬儀を終えても還れていない事実を知り

心でどう感じ受け止めたかです

まだまだ 数多の魂は還れていません

還れぬ魂が本来還るべきところへ還るは道理

では逆に

本来魂が還るべきところへ還ったと言われていた魂は 何故 あの様に苦しんでいたのでしょうね?

御身内の魂が還れていない事実を体感で持って知って頂いた方もおりますね?

これまで 世は人にばかり着目していました

あの様に魂が苦しんでいることにも気づかず

昔ながらの風習 葬儀を行い

1回忌だ何回忌だと行い

何故 苦しんでいるのでしょう?

それは

魂が安らぐこともなく 苦しんでいることにも気づかず

形ばかりに囚われているからではないでしょうか?

人が安らぎ 魂が安らいでいない

その形は 人の悦の為に用意された

形ばかりの作業のような自慰にも似た行為ではないでしょうか?

真実 事実を知る

とても大切はことだということを

体感と確認(魂との会話)

心に訴えかけたのです
_____________________________________

この様な話 魂の有無の重要性 在り方

道理を 言葉だけでなく 実際に感じ体験できる リアルなことをやってます。
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決して嘘をつきません。

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先祖供養


お盆も終わりましたね。

先日、秋田に訪れた折にも
道の駅の様な所やスーパーなどでお参り用の花が飛ぶ様に売れていました。

土地によって風習も若干違うようですが、お盆には帰省され、親族とお墓参りに行かれる方も多いでしょうね。

私も盆には先祖の魂が戻って来ると子どもの頃から聞かされて育ちました。
迎えや送る為の乗り物だと割り箸で茄子や胡瓜に足をつけるのも遊び感覚でしていた記憶があります。


実家は京都なので、お盆が済むと五山の送り火(大文字焼き)で先祖の魂を送り還すという行事があり、他府県からも観光で来られるので人が多いシーズンになります。


観るだけなら風情があり悪くないですが


ちょっと待って‼︎

その前に、そもそも先祖の魂は還るべきところに還れているのでしょうか?

そんなこと考えたことも無い
といった方がほとんどでは?


斯く言う私も魂を体感するということを知らずにいた頃は、亡くなった人の魂は供養をすることで皆還っていると疑いもせずに思い込んでいました。


魂にも感情があり、体感する事で数多の魂が彷徨い続け、哀しみ苦しんでいることを感じ知ったり、祖母の魂が還れずにいた事にも気づきました。


魂を本来還るべきところへ還す還源が出来るようになった頃

父方の叔父が亡くなりました。
まだ50代半ば胃癌でした。

通夜で叔父の魂を感じていると、読経が始まった途端急に魂が もがき苦しみだし助けを求められるという事態になり驚きました。


癌で髑髏のように痩せ細り苦しみ抜いて亡くなった叔父

亡くなってからも未だ苦しまなければならないのか⁈と不憫に思い読経の間ずっと叔父の魂を癒し続け様子を伺っていました。


葬儀などの儀式をしても還れずに彷徨う数多の魂。

読経で苦しんでいた叔父の魂。


なにかが違う…

彷徨い還れていない魂が在ることは知っていた
けれど魂を癒し還すとされる読経で何故魂は苦しむことになるのか?

叔父に葬儀を待たずに還るべきところへ還りたいか?の問いかけると

必死に懇願する思いが伝わって来ました。


弔問の方との最後のお別れ
お焼香が済むのを待ち
叔父の魂を本来還るべきところに還す(還源)をすると


還るべきところに還れた喜びは
歓喜の涙を流し、やがて安堵感や温かく満ち足り溶け込むような心地良さを感謝の気持ちと共に此方に返してくれました。

叔父の通夜での出来事があってから
誰かの通夜や葬儀に呼ばれると
私は自然と亡くなった方の魂を感じるようになりました。

やはりどの魂も読経が始まると叔父の時のように苦しみを訴えて来ます。

そして還れていない魂を還源すると どの魂もみな同じように満ち足りた安らぎを感じさせてくれます。

体感なく、葬儀をしました。

法要しました。

やることやったから還れているでしょう‼︎

これでは只の自己満足に過ぎず亡くなった方にとっては有り難迷惑。

還れていない魂に安らぎはありません。



貴方が逆の立場なら?

誰にも気づいてもらえず
いつ還れるのかも分からず
悲しみと苦しみで絶望しませんか?


貴方の祖先や大切な方の魂は

安らいでいますか?

















還るべきところへ還れていない魂

みなさん

本来還ることのできていない魂についてです

これまで魂が還れていない事実を沢山の方に体感体験して頂きました。

身を持っての体験

魂の苦しみ 悲痛な思い 

天ではなく

魂を命・魂の源へと還し

苦しみから安らぎへと変化していく様を

身を持って体感して頂きました。

何故 体験、体感して頂いたのか

感じるのは波動だけでなく

魂の苦しみ 悲痛な思い哀しみや憤りを感じ 

葬儀を終えても還れていない事実を知り

心でどう感じ受け止めたかです

まだまだ 数多の魂は還れていません

還れぬ魂が本来還るべきところへ還るは道理

では逆に

本来魂が還るべきところへ還ったと言われていた魂は 何故 あの様に苦しんでいたのでしょうね?

御身内の魂が還れていない事実を体感で持って知って頂いた方もおりますね?

これまで 世は人にばかり着目していました

あの様に魂が苦しんでいることにも気づかず

昔ながらの風習 葬儀を行い

1回忌だ何回忌だと行い

何故 苦しんでいるのでしょう?

それは

魂が安らぐこともなく 苦しんでいることにも気づかず

形ばかりに囚われているからではないでしょうか?

人が安らぎ 魂が安らいでいない

その形は 人の悦の為に用意された

形ばかりの作業のような自慰にも似た行為ではないでしょうか?

真実 事実を知る

とても大切はことだということを

体感と確認(魂との会話)

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_____________________________________

この様な話 魂の有無の重要性 在り方

道理を 言葉だけでなく 実際に感じ体験できる リアルなことをやってます。
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